本稿は、月刊人材ビジネス誌 2021年11月号で執筆した内容を加筆修正して、掲載しております。
厚生労働省は、全国の労働局や労働基準監督署が、令和2年に外国人技能実習生(以下「技能実習生」)の実習実施者(技能実習生が在籍している事業場。以下同じ。)に対して行った監督指導や送検等の状況について取りまとめました。本稿では、この統計データからわかる技能実習制度の現状や課題を解説するとともに、改善事例などを紹介します。
約7割の事業所で違反が認められた
厚労省がまとめた統計データによると、令和2年に労働基準関係法令違反が認められた実習実施者は、監督指導を実施した8,124事業場(実習実施者)のうち5,752事業場(70.8%)に上りました。
ここで、注意しておくべきことは2点あります。まず、この監督指導は、日本人労働者に対する違反も含まれるということ。つまり、技能実習を受け入れている事業所と技能実習を受け入れていない事業所を比較して、明らかに前者の違反が多いというものではありません。そして2点目は、違反とまでは認定されないが、指摘事項があるケースは非常に多いということです。実際、調査が行われると、かなり細かい部分もチェックされ、指摘事項が無いケースはほとんどないと言われています。
また、調査が入ると、実習実施者(会社の代表者や上長)だけでなく、技能実習生本人にもインタビューがあります。会社と技能実習生で申告内容が異なっていると、かなり厳しく調査されます。
なお、業種によって違反件数に大きな差は見られませんでした。ただ、介護は、他の業種と比べて、違反件数が非常に少ない傾向にあります。介護施設は、社会福祉法人や医療法人といった認可法人が運営母体となっているケースが多く、労働環境が整備されている割会が高いからだと思われます。
安全基準に関する違反が一番多い
統計データによると、主な違反事項は、(1)使用する機械等の安全基準(24.3%)、(2)労働時間(15.7%)、(3)割増賃金の支払(15.5%)となっています。
一番多い違反は、安全基準に関する違反ですが、正確には、「労働安全衛生法第20~25条」に基づく違反です。この条文には、違反事項が細かく明記されていますが、簡単にいうと、「労働災害を防止するための安全措置を講じましょう」ということです。
具体的な監督指導の事例を紹介します。食品製造工場において、技能実習生がフォークリフトと接触して負傷しました。フォークリフトについて接触防止措置が講じられていませんでした。
これに対する指導として、フォークリフトで作業をする際には、実習生にも分かるように笛で合図をし、作業範囲に技能実習生が立ち入らないように徹底されました。
ただ、この安全基準については、実習実施者側では「労働基準法を遵守している」と思っていても不備を指摘される事が少なくありません
また、安全基準が厳しすぎるという声も聞かれます。この点について、監督指導の調査を受けたことがある企業の担当者に聞いた事例を紹介します。ある時、その企業では、労働基準監督署から、ある加工機械について、安全装置を付けるようにという指導がありました。ただ、旧式の機械であるため、安全装置を外付けするする必要があり、特注工事が必要でした。費用も数百万円かかります。そこで、担当者は、労働基準監督署の担当官と根気よく折衝を重ねたそうです。その結果、最終的には注意喚起のステッカーを張るだけで認めてもらえました。
監督指導があまりにも厳しい、実情に即していないと感じた場合は、会社側でできる対策や安全管理への姿勢を示すことで、柔軟な対応になることもあるようです。
安全衛生教育については、業界ごとに、母国語で書かれたテキストがあります。例えば、建設業の場合、「建設作業員の安全」というテキストがおすすめです。こうしたテキストは、厚労省や労働局、技能実習機構、業界団体等から発行されています。最近では、動画で解説されているものもあり、無料で利用できるものも多いですので、ぜひ活用してください。
計算ミスによる割増賃金違反も多い
割増賃金の支払に関する違反については、意図的である場合と計算ミスによる違反があります。
意図的な違反の場合、厳しく指導されます。厚労省が公表している典型的な事例を紹介します。
ある衣類製造工場に対し、立ち入り検査を実施したところ、技能実習生の時間外労働賃金が、1時間あたり500円であった。これに対し是正勧告が出され、割増賃金を法定の割増率(25%)で再計算し、総額で87万円が支払われました。
割増賃金の違反については、1,275件報告されており、多くは是正勧告という処分となりますが、悪質な場合には書類送検されます。
また、計算ミスによる割増賃金違反も多数報告されています。法定時間外労働の割増率は25%以上、深夜労働は25%以上、法定休日労働は35%以上です。そして、時間外労働賃金は、基準となる時間単価にそれぞれの割増率を掛けて計算されます。単純な計算ミスもあれば、基準となる時間単価自体が間違っているケースも散見されます。時間単価は、(基本給+手当)×12÷年間所定労働日数で計算されます。この時間単価が間違っていると、当然、割増賃金違反が発生します。
毎年変わる最低賃金にも留意しよう
地域別最低賃金は、毎年10月1日に改訂されます。近年はコロナにより変動が少ないですが、直近20年間で見てみると、毎年10~20円上がっている傾向にあります。
また、最低賃金には、地域別最低賃金だけでなく「特定産業別最低賃金」があります。高い方が適用されるのですが、通常、特定産業別最低賃金のほうが高いです。特に鉄鋼業などは高く設定されていますので、注意しましょう。
なお、最低賃金のルールでは、皆勤手当、通勤手当、時間外割増賃金、及び臨時に支払われる賃金は算入できません。これらの手当を除いて時間あたりの賃金を計算し、最低賃金以上となる必要があります。
給与から控除する時に注意すること
賃金支払いの5原則というものがあり、①通貨で、②直接、③全額、④毎月1回以上、⑤一定期日に支払う必要があります。
技能実習生の賃金については、③の全額払いの原則違反に関する事例が報告されています。農業を営む事業所において、技能実習生の賃金から、実費以上の光熱費、社会保険料が控除されていたという事例です。
労働基準法令では、食費や寮費などを控除する場合は、労働組合もしくは労働者の過半数を代表する者と、その旨の書面協定を結ぶ必要があることが規定されています。ですから、簡単な文面でも構わないので、書面で作成しておくとよいでしょう。
また、違反とまでは認定されにくいのですが、指摘されやすいケースとしては、社員旅行の積立金があります。これは、厳密には、「実習生から金銭を預かること」に該当するため、注意が必要です。こうした積立金についても、書面で協定を結んでおきましょう。協定というと大げさですが、簡単な確認書のようなものでも構いません。
農業技能実習ならではの注意点
農業分野では、賃金の支払いに関する違反が一番多いのですが、これは農業ならではの事情があります。農業、畜産業、水産業においては、その業務の特性に鑑み、労働基準法の労働時間や休日に関する規定の適用が除外されています。このことが、賃金に関する法令違反につながるケースが多いようです。時給500円以下といった低賃金での時間外労働お事例も報告されています。
こうした事態を鑑み、農林水産省では、「実習実施者である農家等を統一的に指導していくための指導基準」を公開しています。この基準では、労働基準法の労働時間や休日に関する規定および最低賃金のルールが、農業の技能実習生にも適用されることが明確に示されています。
技能実習生からの申告(内部通報)が増えている
技能実習生は、技能実習関連法令に違反する事実がある場合、その事実を申告することができます。国としては、この申告制度を非常に重視しており、申告しやすい仕組みが整備されています。例えば、技能実習制度を統括監理する外国人技能実習機構では、母国語(9ヵ国語対応)による相談窓口を設けており、直接訪問だけでなく、電話やメールでの申告も可能です。
近年、技能実習生からの申告が増えています。令和2年の申告数は、前年度の107件から192件とほぼ倍増しています。申告内容は「賃金・割増賃金の不払」が163件と圧倒的に多くなっています(図2参照)。
技能実習生は、この申告制度があること、そして申告の具体的な方法を知っています。なぜ知っているのかというと、来日直後の法定研修(法的保護講習)で学ぶからです。法的保護講習は、出入国在留管理法、労働基準法、技能実習法などについて、直接技能実習生に関わることを8時間かけてみっちり学びます。先日、この法的保護講習の専任講師をしている方と話す機会があったのですが、技能実習生からの質問が多い内容は、①脱退一時金、②割増賃金の計算方法、③有休制度、だそうです。お金にかかることは非常に関心が高く、割増賃金の計算実習は真剣に取り組むとのことでした。
近年、スマートフォンの普及により、違反行為を動画で撮影して、申告するというケースもあるようです。動画という確たる証拠とともに申告があると、労働基準監督官署も厳しい姿勢で指導を行います。
また、違反があると、SNSですぐに拡散されます。悪質な違反であればあるほど、拡散のスピードは速いです。YouTubeで、「技能実習生 いじめ」などと検索すると、生生しい動画が多数出てきます。
書類送検されるケースとは
令和2年に、技能実習生に関する重大・悪質な労働基準関係法令違反により送検されたのは32件ありました。いずれも、度重なる指導にもかかわらず法令違反を是正しない、虚偽の報告を行っているなど、重大・悪質な事案でした。書類送検されると、行政指導にとどまらず、刑事処分を受ける可能性があります。実習実施者にとって、大きなダメージになるだけでなく、実習生のモチベーションの低下、失踪にもつながります。
関係各所間の相互通報も増加傾向に
日本の行政は、縦割と言われて久しいですが、近年、関係各所間の相互通報の件数が相当増えています(図4参照)。また、技能実習生の人権侵害が疑われるケースについては、出入国管理機関、外国人技能実習機構の合同調査が39件行われました。今後、AIやビッグデータ技術の発展により、こうした相互通報や合同調査の件数がさらに増えていくものと思われます。
監督指導を受けないためにできること
厚労省では、違反を取り締まるだけでなく、違反を起こさないためのサポートも行っています。一例として、公益社団法人東京労働基準協会連合会に委託し、安全衛生教育に関する母国語での教材の紹介、母国語で受信できる医療機関の紹介などを無料で行っています。専門の相談員による訪問指導(無料)も受けることができます。労働基準監督署とは別機関であるため、よほど悪質でない限り、通報ではなく、アドバイザーという立場でサポートを提供しています。こうした機関も上手に活用することで、法令違反を未然に防ぐ対策が可能です。