「外国人雇用」はいつ始まった?日本の外国人労働者の歴史

日本の「外国人雇用」の原点

「外国人が日本で働く」ことは、江戸時代、いやもっと前から存在していました。しかし、現在のように外国人を企業の労働力として受け入れる仕組みが形成されていったのは、1980年代後半から1990年代にかけてです。

1980年代後半から1990年代は、日本の社会・経済が大きく変化した時代です。1986年には男女雇用機会均等法が施行され、1987年には国鉄が民営化されてJRになりました。1989年には消費税がスタートしました。そして、バブル景気もありました。

この時代には、バブル景気による人手不足、円高、国際化などを背景として、外国人労働者が急増しました。特に製造業などでは、外国人が働くケースが目立つようになりました。

1990年入管法改正により、日系人の受け入れが大きく拡大

法律面で大きな転換点となったのが、1990年の入管法改正でした。

この改正によって在留資格制度が整備されます。特に重要だったのが、日系2世・3世などに「定住者」という在留資格が与えられるようになったことです。

「定住者」は、「日本人の配偶者」と同じく、就労活動に大きな制限がありません。つまり、原則、合法的な仕事であればどんな仕事にもつくことができます。

その結果、ブラジルやペルーなど南米の日系人が大量に日本へ来るようになりました。厚生労働省の資料では、南米日系人の出稼ぎ者数は、

1988年の約8,450人→

1991年には約148,700人へ増加

したとされています。

わずか3年間で約15倍の増加ですね。

そして、14万人といえば、ちょっとした地方都市の人口に匹敵します。

そして、この入管法改正から、日系人労働者、技能実習生、留学生、そして特定技能外国人へと、日本の外国人雇用は大きく変化していきます。

1993年「技能実習制度」の誕生

日本で外国人が働くようになった歴史を振り返ると、現在の「技能実習」や「特定技能」につながる大きな転換点があります。

それが、外国人を「研修生・実習生」として日本に受け入れる仕組みの誕生です。

研修制度から始まった外国人受入れ

1980年代、日本では国際化が進み、企業の海外進出も活発になっていました。

こうした中、開発途上国の人材に日本の技術や知識を学んでもらい、帰国後に母国の産業発展に役立ててもらうという考え方が広がりました。

そこで設けられたのが「外国人研修制度」です。

当初は、外国人が日本企業で働くというよりも、あくまで「技術や知識を学ぶ」という位置付けが強い制度でした。

しかし、実際には製造業などの現場で労働者として研修生が作業に従事するケースも増えていきました。

こうした流れの中で、1993年に「技能実習制度」が創設されました。

技能実習制度は、外国人が日本で一定期間、技能・技術・知識を学び、それを母国へ持ち帰って活用することを目的とした制度です。

つまり、制度上の大きな建前は「外国人労働者を受け入れること」ではなく、日本で身につけた技能を母国へ移転することでした。

つまり、建前としては、「国際貢献」のための制度でした。

そのため、「技能実習」という名前にも、単なる労働ではなく「技能を学ぶ」という制度の目的が表れています。

一方で、制度と現実との間にギャップも

技能実習制度は、日本企業にとっても海外の人材を受け入れる重要な仕組みとなりました。

製造業、建設業、農業など、さまざまな分野で技能実習生を受け入れる企業が増え、日本の産業現場を支える存在となっていきます。

しかし、その一方で、制度の「技能移転」という目的と、実際の現場での「労働力確保」という実態との間にギャップが生じるようになりました。

低賃金、長時間労働、賃金未払い、パスポートの管理など、技能実習生をめぐる問題が社会的に注目されるようになったのです。

2000年代:外国人労働者の受入がさらに拡大

2000年代には、外国人労働者の受入がさらに拡大しました。

特に、製造業を中心として外国人労働者が増えました。特に、技能実習制度での受入が増加したことに起因します。

また、2007年には、外国人雇用状況の届出制度が始まり、企業の外国人雇用に対する責任が明確になりました。

2008年にはリーマン・ショックにより、景気が急速に悪化すると、外国人(特に日系人)の解雇や雇止めが相次ぎました。

2000年代には、こうした外国人労働者の雇用問題が生活問題・地域社会の問題として認識されるようにもなりました。

2009年入管法改正

2009年7月15日に公布された改正法では、主に下記の2点について大きな変化がありました。

  • 研修・技能実習制度の見直し
  • 「留学」と「就学」の在留資格の一本化

特に重要なのが、研修・技能実習制度の見直しです。

外国人が日本で技能を学ぶという制度本来の目的を維持しながら、実際に労働に従事する技能実習生について、より適切な保護を図る方向へ制度が進んでいきました。

これまであいまいだった実習生の労働者としての立場が明確になり、技能実習生を労働者として保護する方向へ変わりました。

これは、その後の技能実習制度の大きな転換につながっていきます。

2010年代:人手不足で外国人雇用が本格的に拡大

2010年代は、日本における外国人雇用が大きく拡大した時代でした。

その背景にあったのが、少子高齢化による深刻な人手不足です。

厚生労働省の「外国人雇用状況の届出状況」を見ると、外国人労働者数は2010年の約65万人から、2019年には約166万人まで増加しています。わずか10年足らずで、外国人労働者が約2.6倍に増えたことになります。

外国人労働者数の推移を見ると、2015年以降の増加が特に顕著です。

年 外国人労働者数
2010年 649,982人
2011年 686,246人
2012年 682,450人
2013年 717,504人
2014年 787,627人
2015年 907,896人
2016年 1,083,769人
2017年 1,278,670人
2018年 1,460,463人
2019年 1,658,804人

ベトナム人の急増も2010年代の大きな特徴

2010年の外国人労働者は、中国人が最も多く、287,105人で全体の44.2%を占めていました。次いでブラジル人、フィリピン人などが続いていました。

一方、同年のベトナム人労働者は23,360人でした。

ところが、2015年には約11万人まで増加しています。2015年のベトナム人労働者数は、前年に比べて79.9%も増加しました。

その後もベトナム人労働者は急増し、2019年には401,326人となりました。

2010年代の10年間で、日本の外国人労働市場におけるベトナム人の存在感は一気に高まったのです。

これは、技能実習制度や留学生の増加などとも深く関係しています。

「外国人を雇う企業」も急増した

外国人労働者の増加とともに、外国人を雇用する事業所も増加しました。

厚生労働省の統計によると、外国人を雇用する事業所数は、

2010年:108,760所
→ 2015年:152,261所
→ 2019年:242,608所

へと増加しています。

つまり、外国人雇用は「一部の大企業が外国人を雇う」という段階から、中小企業を含む幅広い企業が外国人を雇用する時代へと変わっていきました。

2019年「特定技能」創設:外国人雇用が新しい段階へ

技能実習制度は、その後何度も制度改正が行われ、現在の外国人雇用制度を考えるうえで重要な位置を占めています。

そして2019年には、外国人材を「労働力」として受け入れることを明確にした「特定技能制度」が創設されました。

2027年「育成就労制度」が始まる

2027年からは、技能実習制度に代わる新しい「育成就労制度」も始まります。

「研修」→「技能実習」→「育成就労」

という大きな流れの中で変化してきたわけですね。

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